【東南アジア③】ジャワ島・スマトラ島・マレー半島

東南アジア
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ジャワ島

マタラム王国

詳しいことは分かっていませんが、世界遺産の一つであるヒンドゥー教の寺院、「プランバナン寺院」が建てられたことで知られています。

また、マタラム王国の人々は何らかの理由によりその地に住めなくなったため、別の土地に移り住み「クディリ王国」として新たに活動していくことになります。


シャイレンドラ朝

世界遺産の一つであり、世界最大級の仏教寺院である「ボロブドゥール寺院」を建てたことで知られています。

東南アジアの現在のカンボジアにあたる国を支配したり、外交を行ったりしていましたが、徐々に力を失い南インドの王朝によって滅ぼされることになります。


クディリ王国

国の再建に苦労しながらも内政や交易によって徐々に力を持ち始めました。特に交易による影響が非常に大きく、様々な品を輸出していたため飛躍的に経済が成長したとされています。

しかし後に滅亡、クディリ王国の地には新たに国が建てられることになります。


マジャパヒト王国

現在のインドネシア各地に進軍し、スマトラ島にあったシュリーヴィジャヤ王国を滅ぼし、シュリーヴィジャヤ王国が持っていたマラッカ海峡を支配しました。

また、ジャワ島とスマトラ島の間にあるスンダ海峡も支配、南海交易の要となる地域を完全に支配していたとされています。


スマトラ島

シュリーヴィジャヤ王国

港市国家であり、またマラッカ海峡を支配していたため他の港市国家の長として振舞っていたとされています。

この国の港にはインドなどから多くの船が訪れ、そこから金貨などが国に渡り一部の地域で流通するようになっていました。


また、現在の中国であるの僧「義浄」がインドで仏教を学んだ帰りに訪れ、「南海寄帰内法伝」を書いたことがよく知られています。

そこには大乗仏教の繁栄が描かれており、シュリーヴィジャヤ王国で大乗仏教が強く支持されていたことが窺えます。


マレー半島

マラッカ王国

外交や周辺国を植民地にすることにより国が豊かになり、支配を強めていくことになります。

また盛んに交易も行われており、交易していたイスラム商人の影響を受け国教がイスラム教に代わり、東南アジアのイスラム化に大きく影響を与えることになります。

しかしポルトガルの艦隊と戦争になり敗北、マラッカ王国は滅亡することになります。


イスラム化の影響は大きく、1903年まで存在していたスマトラ島のアチェ王国、ジャワ島のマタラム王国がイスラム化していき、この影響からスマトラ島とジャワ島を含むインドネシアの人々はほとんどがイスラム教を信仰しています。

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