【東南アジア①】半島大陸部3ヵ国の都市国家

東南アジア
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ミャンマー

パガン朝

ビルマ人にとって最初の統一王朝である「パガン朝」が9世紀ごろにできました。

上座部仏教の影響を受けたため国教は上座部仏教ですが、大乗仏教やヒンドゥー教なども信仰されており、上座部仏教とそれらの違いがあまり認識されないまま併存していたとされます。


タウングー朝

パガン王朝が滅びてしばらく経ったころできた王朝で、タウングーは元々小さな村でしたが、パガン王朝やその後衰退していった王朝からの難民が入ってきたことによって徐々に拡大されていきました。

また、インドの近くであったためヨーロッパなどとの交易で栄えました。


コンバウン朝

ビルマ人による最後の統一国家です。

誕生から長きに渡り戦争をし続け国力を高めますが、イギリス・ビルマ戦争に敗れインド帝国に併合されることになります。


タイ

スコータイ朝

インドシナ半島にできたタイ人にとって最初の王朝で、パガン朝と同様に上座部仏教が国教とされています。

比較的平和ではあったものの、徐々に各地で離反が起こったために国力は弱まり小国になりました。また、後継者候補が居なくなったため王朝を維持できず、アユタヤ王朝に吸収されることになります。


アユタヤ朝

スコータイ王朝の次に出来た王朝で、ヨーロッパや中国、日本との交易によって栄えたとされています。

また、山田長政と呼ばれる日本人がスペイン艦隊のアユタヤ侵攻を防いだことで知られます。

このアユタヤ朝はミャンマーのコンバウン朝によって滅ぼされることになります。


チャクリー朝(ラタナコーシン朝)

1782年にできた王朝で、タイは現在もこのチャクリー王朝が続いている状態です。


カンボジア

扶南

カンボジアからベトナム南部にかけてあった国で、オケオ遺跡などで知られています。

インドのサータヴァーハナ朝と中国の後漢を結ぶ交易中継地であり、仏像やヒンドゥーの神像、ローマ帝国の金貨が出土するなど様々な文化が入り混じっていたと考えられます。


真臘(しんろう)/チャンラ

クメール人によって作られた独立国家でしたが、扶南の属国として扱われていました。

60年ほど属国でしたが真臘は扶南を滅ぼし、扶南を吸収したことにより完全な独立国家になり、カンボジアの基となるクメール朝、もしくはアンコール朝と言われる王朝に繋がっていきます。

また、このクメール朝では世界遺産であり、カンボジア王国の国旗の象徴として知られるアンコール=ワットが建てられました。

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