【先史時代②】新石器時代

先史時代
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生産経済の開始

旧石器時代から中石器時代にかけて、狩猟採取社会と呼ばれる、食料を採取しないと食べるものがない「獲得経済」が行われていました。

しかし、安定性の向上を求め新石器時代では農耕や牧畜といった、比較的安定して食料を得られる「生産経済」に移り変わっていきます。


他にも石器を加工する技術が向上し、精工に加工された打製石器や、石を砂や石と擦り合わせてなだらかな形にした磨製石器、土器やそれに色を付けた彩文土器が発見されるようになりました。また、より効率的に生活を行うために人々は集落を形成するようになりました。


※生産経済ではヤギや羊、牛といった動物を飼育していたほか、西アジアでは麦を栽培した跡が発見されています。その跡が見つかった代表的な遺跡としてジャルモやイェリコなどが知られています。


都市国家へ発展

農業は当初、湿った土地は不衛生であったことや虫が湧いていたことから、「乾地農法」と呼ばれる雨水に頼った方法と、「略奪農法」と呼ばれるその土地の養分を使い切り別の土地へ移る方法で行われていました。しかし、人々はより安定して農業を行うことのできる「灌漑農業」へと移行していくことになります。


灌漑農業

灌漑農業は、水のある場所から水をひくことで安定して水を供給する方法で、虫などへの対策も兼ねることができました。

しかし、そのためには大規模な工事のために協同作業が必要であり、またそれを指揮できるリーダーが必要となります。そのため集落は大きくなり、その中に居る優れた者がリーダーとして出現しました。


この変化によってリーダーに富や権力が少しずつ集中するようになり、階級ができたり、神といった宗教的な概念が浸透するようになりました。これにより神殿を中心として都市国家が出来たり、文明が誕生することになります。また、国家が出来たことで交易や戦争といったことも起こるようになっていきます。

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