【ローマ⑤】専制君主制と滅亡

ローマ
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専制君主制

軍人皇帝時代の内乱を収拾するため、「ドミナトゥス」=専制君主制の政治が行われていくことになります


ディオクレティアヌス帝

四帝分治と呼ばれる帝国を4つに分け、それぞれの地域に皇帝を配置する形での統治を行ったことで知られています。

また、古代オリエント時代のエジプトが行っていたような皇帝崇拝を強制していました。これは皇帝の指示を絶対的なものにするためでしたがキリスト教はこれに反発、皇帝を崇拝しないキリスト教徒は迫害されていました。


コンスタンティヌス帝

迫害されていたキリスト教徒に対し、キリスト教を公認する「ミラノ勅令」を出すことで政治的に利用し、帝国をまとめようとしました。

また、団結力を高めるためにキリスト教内で行われていた、イエスを神とする「アタナシウス派」とイエスを人とする「アリウス派」の対立に介入、「ニケーア公会議」でアリウス派を異端とすることで実質的な一強状態を作り上げました。


テオドシウス帝

公認されていたキリスト教を国教化することでより団結力を高めようとしました。

しかし大量のゲルマン人が帝国に侵入したことで混乱が起き、テオドシウスの死後、西ローマと東ローマに分裂、ローマは滅亡することになります。


分裂した西ローマはゲルマン人の「オドアケル」により、100年ほどで滅ぼされ、東ローマは1000年ほど続き「ビザンツ帝国」と呼ばれるほど歴史を刻みましたが、「オスマン帝国」の「メフメト2世」によって滅ぼされることになります。

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