【ローマ③】内乱の1世紀と三頭政治

ローマ
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内乱の1世紀

貧富の差が拡大していたローマを変えようと「グラックス兄弟」が改革を行おうと護民官に就任、大土地の所有を制限することで奴隷制大農園”ラティフンディア”を制限しようとしたり、中小の農民を保護し、土地を分配しようとしました。

しかし、これに対し収入が増加していた大地主たちが反発、グラックス兄弟は暗殺されることになります。


3つの内乱

1.暗殺事件から争いは発展し、「スラ」を代表とした閥族派と「マリウス」を代表とした平民派の争いが起こることになります。

彼らは戦争ではなく話し合いで解決しようとしましたが解決せず、規模が大きいと話がまとまらないことから少人数での話し合いに移り変わっていきました。


2.イタリア半島内で最もひどい扱いを受けていた同盟市が、ローマの市民権を要求し反乱を起こしました。

反乱は鎮圧されることになりますが、この事件の後イタリア半島内のすべての都市に対して市民権が付与されました。


3.コロッセオなどで無産市民などの見世物として扱われていた剣闘士たちは、スパルタクスを筆頭に「スパルタクスの乱」と呼ばれる反乱を起こしました。

彼らはいくつもの軍団を撃破しましたが、これに対し危機感を感じたローマが動員した8個軍団にやられ全滅しました。


三頭政治

これらの内乱で荒れていた国内を治めるため当時、力を持っていた3人が協力して政治を行っていくことになります。

第1回三頭政治

1回目はマリウスの後継者である「カエサル」、スラの後継者である「ポンペイウス」、大富豪でありスパルタクスの乱を鎮圧した「クラッスス」の3人で行われました。

クラッススが遠征で戦死した後、カエサルとポンペイウス2人の統治権争いになりましたが、カエサルが「ガリア遠征」によって現在のフランスを制圧していたこともあり、カエサルが勝利をおさめることになります。


カエサルは得た権力で終身独裁官になると様々な政治改革を行いました。民衆からは大きな支持を受けていましたが、元老院などの共和派は反発し、彼らによって暗殺されることになります。


第2回三頭政治

カエサルの死後、カエサルの養子であった「オクタウィアヌス」、エジプトの女王クレオパトラと手を結んだ「アントニウス」、オクタウィアヌスの打倒を狙った「レピドゥス」の3人によって2回目の三頭政治が行われました。


打倒に失敗したレピドゥスは早々に失脚したため、オクタウィアヌスとアントニウスが統治権求め争うことになります。

この対立が原因となり内戦が再発しましたが、「アクティウムの海戦」でオクタウィアヌスがアントニウスとクレオパトラの連合軍に勝利したことで収束し、オクタウィアヌスが統治権を得ることになりました。

また、これによってエジプトは滅亡、クレオパトラがプトレマイオス朝エジプト最後の女王となり、ローマはエジプトと同時に地中海世界を統一することになります。

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