【モンゴル②】元とハン国

モンゴル
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元の誕生と遠征

フビライ=ハンが部族会議のクリルタイで王になると、都を現在の北京である大都に遷し、さらに国号を大元と中国を意識したものにしました。

そしてこの元の時代になると共に、落ち着きつつあった対外遠征が再び激化していくことになります。


対外遠征

元は初めに南宋を攻め落とし、中国全土を支配しました。

次に現在のミャンマーであるパガン朝を征服、また朝鮮半島にあった高麗を属国にし、高麗と関係のあった日本に対しても属国になるよう要請をしましたが、これを拒否されたために遠征を行いました。


しかし日本への二度に渡る遠征は失敗におわり、また現在のベトナムである陳朝にも敗北してしまいました。

しかしながらこれらの遠征は領地の拡大ではなく、海上貿易ルートの開拓など別の目的が主であったため、対外遠征は敗北したものの大きな成果を上げたといえます。


複数のハン国

領地の拡大や貿易ルートの開拓に成功したでしたが、途中で分裂していくつかの国が誕生しました。

戦争状態にあったわけではなく、結果としては連合のような形に収まりましたが、分裂した国々はそれぞれ違った色を持ち始めました。


チャガタイ=ハン国

この国は中央アジアに建てられました。

その地域ではイスラーム教徒が盛んに交易を行っていたため、イスラームを受け入れることで良い関係を築きイスラーム化が進みました。

しかし、しばらく経ち東西に分裂することになります。


キプチャク=ハン国

バトゥによって南ロシアに建てられました。

中央アジアの交易をより発展させるため、キプチャク=ハン国もイスラームを受け入れ、さらにはイスラーム教を採用していました。

後にロシアのモスクワ大公国が台頭してきて崩壊することになります。


イル=ハン国

フラグによって西アジアに建てられました。

この国も当初は違ったものの、少し経ち指導者が変わった時にイスラーム教を採用しました。


元は消滅したわけではなく、中国の統治を行っていました。

しかし、その統治で失敗をしたがために反乱が起き滅亡することになります。

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