【古代オリエント③】シリア・パレスチナの民族と文化

古代オリエント
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敵対勢力の衰退

シリアとパレスチナは隣り合うように存在しており、地中海東岸にあったため農作物を作るのに適さず、自分達で得られる食物に限界がありました。

また、複数の民族が居ましたが、その上下に力を持ったエジプトとヒッタイトの二大勢力が居たため、勢力を拡大できない状態にありました。

しかし、海の民などによりヒッタイトは滅亡しエジプトは衰退、それを受けてセム語系の民族達が勢力を拡大していくことになります。


民族と文化

アラム人

シリア地方の内陸側に居た民族で、ダマスクスを拠点に活動していたとされています。

陸側に居たことから陸での貿易を盛んに行い、アラム語がオリエントの「国際商業語」になったり、オリエント各地の文字の母体として使われるようになります。


フェニキア人

フェニキア人はアラム人の反対側、シリア地方の地中海に面した土地に居た民族で、シドンやティルスを拠点に活動していたとされています。

上質な木材が取れることからそれを舟にしたり、その木材などを地中海を使って貿易に使ったりしていました。また、遠方への負担を軽減するために、各地に植民市を建設していました。


他にもフェニキアで使われていたフェニキア文字(表音文字)はギリシャに伝わり、後に形を変えてアルファベットになります。


ヘブライ人

彼らはパレスチナに定住し生活を営んでいましたが、エジプトによって一部が連れ去られ、奴隷として扱われることになります。しかしモーセをリーダーとし「出エジプト」、パレスチナに脱出することになります。また、その際にモーセは「唯一神ヤハウェ」から十戒と呼ばれる戒律を受け取ったとされています。


その後ヘブライ王国が建国され、2代目の王となったダヴィデ王はパレスチナを統一、都をイェルサレムに置くことになります。また、次の3代目ソロモン王もヤハウェの神殿を建設するなど繁栄しており、ダヴィデ王とソロモン王の時代は非常に栄えていたとされています。


しかし、ソロモン王の死後ヘブライ王国は南北に分裂することになります。

北側はイスラエル王国となりますが、後にアッシリアによって征服。南側はユダ王国となり、イスラエル王国より長く繁栄しますが、新バビロニア王国によって滅ぼされることになります。

また、ユダ王国の人々は新バビロニア王国に捕らえられ、新バビロニア王国に連行される「バビロン捕囚」が起きますが、勢力を伸ばしたアケメネス朝によって解放されることになります。


ユダヤ教の成立

アケメネス朝によって解放されたものの、ユダ王国の人々は新バビロニア王国で酷い仕打ちを受けたことから、それを救うためユダヤ教が作られました。また、この影響でヘブライ人のことをユダヤ人と呼ぶことになります。


ユダヤ教は新バビロニア王国の経験から、この世に終わりが訪れ、その際に「メシア」と呼ばれる救世主が助けてくれる「終末思想」や、そのメシアによる救済は自分達ユダヤ教徒にしか起こらないと考える「選民思想」といった排他的な思想を持つようになりました。

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