【古代インド②】小国分立と宗教の変化

古代インド
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小国家の争い

アーリア人が支配を強めていくと、ガンジス川流域にいくつもの都市国家ができました。有力な国はいくつもあったとされており、それらの国々による争いを「十六大国の抗争」と呼びます。

この抗争の結果、力をもっていたコーサラ国マガダ国の争いになり、マガダ国が勝利を収めたことでマガダ国が国々を支配していくことになります。


バラモンへの反発と宗教の変化

司祭であるバラモンによって「バラモン教」と呼ばれる、バラモンを神のように扱う宗教が作られました。

元々は聖典ヴェーダを中心とした宗教でしたが、バラモン以外は聖典ヴェーダを解読できないことを利用し、バラモンが解釈を作り上げることでバラモンを神のように扱わせていたため後にこういった名前が付けられました。


バラモンの傲慢な振舞いは十六大国の抗争中も変わらず、戦士であるクシャトリアや物資を運搬していた庶民階級のヴァイシャなどが反発、こういった心情の変化が1つの哲学と2つの宗教が生むことになります。


ウパニシャッド

バラモンの中からバラモンやバラモン教の行いに疑問を抱き、自己批判や反省からより深くあり方を考えた結果生まれた奥義書(哲学書)で、200以上ある書物の総称です。


一人の人間によって作られたわけではなく、いくつかの時代の中で様々な人の考えが集まって出来ており、その中にはある心理に辿り着くことで魂が平穏な場所へ行く、つまり輪廻から脱し解脱に達することができるといったものもありました。

こういった考え方がこの後の宗教へ大きな影響を与えることになります。


仏教

「ガウタマ=シッダールタ」=釈迦によって作られた宗教で、バラモン教やヴァルナ制といった差別的なものを否定し、平等を重視したものでした。

欲をほどほどに満たしそれ以上を求めないように教え、悟りをひらくための精神的な修行に重きを置いており、バラモンに反感を持っていた”クシャトリア=戦士”や”ヴァイシャ=庶民”から支持されました。


ジャイナ教

ヴァルダマーナによって作られた宗教で、仏教と同様にバラモンやヴァルナ制を否定していました。

しかし、仏教とは違い極端な禁欲や不殺生主義であったり、徹底した苦行を強いるなどより厳しい教えであったとされています。

また、不殺生主義であったため”クシャトリア=戦士”からは支持されず、”ヴァイシャ=庶民”が主に支持していたとされています。

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