【古代インド①】インダス文明

古代インド
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ドラヴィダ人の繁栄

インダス川の周辺に住んでいた、先住民である「ドラヴィダ人」によってインダス文明は形成されていきました。

中でも建築が発展しており、計画的に作られた都市や倉庫、水道も整っておりその設備を利用した浴場の跡も見つかっています。


しかし、大きな宮殿やピラミッドのような指導者のお墓は見つかっておらず、これらの発展には欠かせないリーダー的存在が見えないといった側面もあります。

また、それらの情報を知るために必要な「インダス文字」が解読されていないことも謎を深める要因になっています。


他にも、パンジャーブ地方にある「ハラッパー」や、インドの語源となるシンド地方の「モエンジョ=ダーロ」といった遺跡や、青銅器、インダス文字を彫った印章なども見つかっていますが、文字が解読されていないため詳しい詳細は分からず、また滅亡した原因も分かっていません。


アーリア人の進入

ドラヴィダ人による文明が滅亡したしばらく後に、インド=ヨーロッパ系の「アーリア人」がインドに入ってきました。

鉄器を持ってきたアーリア人は、インダス川上流にあたるパンジャーブ地方に定着、徐々に活動地域を広げていきガンジス川全体に定着しました。

また、川があったため農耕を始めた彼らですが、鉄などの活用による農業の効率向上に伴い権力が偏り、それによって階級が分化し残存していたドラヴィダ人に対する支配が強まっていきます。


ヴァルナ制

階級はという意味の「ヴァルナ」と呼ばれ、アーリア人の血が濃いと肌が白くなるため出自=色によって差別されており、階級以外にも肌の色によって上下の関係がある程度決まっていました。

役割はそれぞれ以下の通りで

司祭である「バラモン」は儀式など宗教的な役割

戦士である「クシャトリア」は政治や軍事的な役割

庶民である「ヴァイシャ」は牧畜や農業、商人といった役割

奴隷である「シュードラ」は農業などの労働力として使われていました。

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