【古代オリエント①】メソポタミア

古代オリエント
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古代オリエント

古代オリエントとは古代ローマ(ヨーロッパ)から見て東にある現在の西アジアや中東にあった地域を指し、「太陽がのぼる所」という意味があります。

古代オリエントにはメソポタミア・エジプト・シリア(パレスティナ)・小アジア・イラン(ペルシア)の5つの地域がありました。


メソポタミア

※メソポタミアは、ティグリス川とユーフラテス川の間にある土地のことを指します。開放的で移動しやすい環境にありました


シュメール人

彼らは楔形文字と呼ばれる文字を使用し、粘土板に枝などの硬い棒で文字を書いていたとされます。これにより、現代でも当時の情報が分かるようになりました。

また、シュメール人はメソポタミアの南部に初めての都市国家を作りました。規模は小さなものでしたが、ウル・ウルク・ラガシュと呼ばれる3つの都市を筆頭に、いくつかの都市国家を作ったとされています。

その都市では神権政治と呼ばれる、王は神や神の代理人であるといった権力に頼った政治が行われていたとされています。


アッカド人

アッカド人は武力によってシュメール人を征服し、メソポタミアの各地に点在していた国家をまとめ、メソポタミアで初めて統一国家を樹立したとされています。

しかしその体制は、統一する際に必要だった軍事力にその後も依存し続けたために長く続かず、徐々に衰退することになります。


アムル人

セム語系アムル人は古バビロニア王国を建国、第6代ハンムラビ王によってメソポタミアは征服されることになります。

また、このハンムラビ王によって”目には目を”といった「復讐法」や、身分の違いによって刑罰に差がある「身分法」などが含まれた、「ハンムラビ法典」が作られました。

復讐法などによりいきすぎた報復が禁じられ、武力での統治ではなく秩序による統治がされることになりました。


ヒッタイト

ヒッタイトと呼ばれる民族が小アジアに国家を作り、古バビロニア王国を征服することになります。

力のあった古バビロニア王国が征服された理由として、ヒッタイトが史上初めて「鉄製の武器」を使ったことや、馬に乗ったり、馬に荷台を牽かせてその中から攻撃する「戦車」を導入したことが大きかったとされています。

しかし、これだけの力を持っていたヒッタイトも滅亡することになります。「海の民」と呼ばれる存在によって滅ぼされた説や、内紛の激化に伴う食糧難などの説がありますが、詳しいことは分かっていません。

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