【ギリシア①】エーゲ文明

ギリシア
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エーゲ文明

クレタ文明

エーゲ海に面したエーゲ文明の中でも、南に浮いた「クレタ島」にあった文明でエーゲ文明の前期にあたり、「クノッソス」と呼ばれる宮殿跡などが知られています。

その宮殿跡には城壁があった形跡がないことから、戦争のない非常に平和的かつ開放的な文明が築かれていたとされています。


ミケーネ文明

クレタ島の北西の大陸にあった文明でエーゲ文明の後期にあたり、ミケーネやティリンスといったいくつかの国から出来ていました。城塞の跡が見つかっていることからクノッソスの宮殿跡とは対照的に好戦的、もしくは戦闘にさらされる危険性が高かったとされています。


また、クレタ文明は「線文字A」と呼ばれる未解読の文字を使用していましたが、ミケーネ文明の「線文字B」はヴェントリスによって解読されており、それを元に情報を得ることが可能になりました。さらに、小アジアのトロイアでは遺跡が見つかっているため、勢力がトロイアにまで及んでいたことが明らかになっています。


このミケーネ文明はクレタ文明を滅ぼしたということが分かっていますが、ミケーネ文明はドーリア人や海の民と呼ばれる民族に滅亡されたという説はあるものの、真相は解明されていません。


ギリシア

ミケーネ文明が繁栄してしばらくした時、ドーリア人、イオニア人、アイオリス人などのギリシア人が侵入してくることになります。

中でもドーリア人は鉄器を持っていたために戦闘力が非常に高く、ミケーネ文明は崩壊することになります。また、文明が崩壊してから約400年ほど、情報が錯綜している「暗黒時代」が訪れることになるため、400年ほどの歴史は推測を元に作られています。


ポリス(都市国家)の成立

ギリシアとなった土地では農作物を作るのに適さない土地が多く、果樹栽培が盛んに行われていました。これらは日常の食料として利用できないことから、これらを使い交易で食料を得ていたとされています。


しかし、交易に依存していたため、より効率的にしたり状況を改善したりするために、「シノイキスモス」と呼ばれる有力者を中心とする集住が行われるようになります。また、この有力者による貴族政治が行われるようにもなりました。


この貴族政治によって「アクロポリス」と呼ばれる市民の信仰の中心地や、「アゴラ」と呼ばれる交易などを行う生活の中心となる広場が作られるようになりました。


他にも、交易をより効率的に行うため外部の各地に植民市を作っていました。これはビザンディオンと呼ばれる現在のイスタンブールや、マッサリアと呼ばれる現在のマルセイユにありました。


ギリシアの文化

ギリシアでは異民族差別の意識が強くあり、ギリシア人を「ヘレネス」、異民族を「バルバロイ」と呼び差別していました。

ギリシア人同士でも差別が行われていましたが、神への信仰や「デルフォイの神託」と呼ばれる重要事項の是非を問うもの、ゼウス神にささげる「オリンピュア」などの文化は共有していました。

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